1300年前のサラリーマン日常とは。奈良の写経生① Daily life of Japanese workers in 8C ①

ART

お元気ですか?

Hello.

How are you today?

今日は、1000年以上前のサラリーマン、「写経生の日常」その①です。

Today, I’d like to write about workers over 1000 years ago in Japan,
“daily life of Japanese workers of  sutra copyists in 1200 years ago”chapter① .

まずは、こちら。

At first,

これは、写経生が残した落書きです。

This graffiti was drawn by a Japanese worker, a sutra copyist .

Photo

※大島正二『漢字伝来』(岩波新書 赤 2006.8.18)44頁を参照して、まねて書きました。

 

人相が怖いですね。

He looks scary, doesn’t he?

がみがみ上司でしょうか?

I think he always snapped at his subordinates.

学生のころ、こんな風に先生や大人の落書きをして
クラスの皆を笑わせてくれたクラスメート、いませんでしたか?

1000年以上前も、同じようなことをしていたんですね。

When I was a student, I had a classmate who laughed everyone scribbling teachers and adults like this.

It is same as today, I think ,even though this was written more than 1000 years ago.

 

こんないたずらをする方々の本職はといいますと、写経生だけに、写経が仕事です。

Their job was copying sutras.

伝聖武天皇 賢愚経(けんぐきょう) の部分臨書です。
大聖武(おおじょうむ)とも呼ばれています。
※臨書とは、模写です。

(copy of KENGU KYO)

 

写経は、仏教が伝来してまもないころ、最初国家事業としてはじめられました。

聖武天皇と光明皇后による国分寺、国分尼寺、東大寺建立の頃です。

Sutra copying started as a national project when Buddhism came from continent to Japan.

At that time, Emperor Shomu and Empress Komei made Kokubunji temples, Kokubun nun temples and Todaiji temple.

奈良時代には、印刷技術はない。
コピー機も、もちろんない。

In the Nara era, there was no printing technology.
Of course, there was no copy machine.

同じものが欲しい!と思ったら、手で書いて写すしかないのです。

If you want the same thing, you only have to write by hand.

当時は、「鎮護国家」の思想で、仏教によって、国を守ろうとしていたので
写経は国家事業だったわけです。

At that time, the Nara government was trying to defend the country by Buddhism, so copying sutras was a national project.

 

では、ここで問題です。

当時の全てのお経の数は、どのくらいだと思いますか?

Then, here is a question.

How much do you think the number of all the sutra of Nara era?

 

答えは

5048巻だそうです。

※『大唐内典録』(664年)参照

The answer is 5048 scrolls.

 

これらをまとめて、一切経といいます。

These are collectively referred to as “Issai Kyo”.

“Issai” means whole things.

“Kyo” means sutras.

よく、写経といいますとB4の用紙1枚でおわるイメージですね。

あれは、世の中で一番短い御経、「般若心経」を写経しているんです。
あれで、だいたい270字くらい。

これだけでも、数時間かかった、辛かった。。。という方もいらっしゃると思います。

集中力を保つのは、とても大変なことです。

Well, if you call it copying sutra in Japan, the image is a single B4 sheet.

That is the copying the shortest Buddhism sutra, HannyaShinGyo.
That’s include only about 270 characters.

Even this take several hours, it is painful.

Maintaining your concentration during copying is a very difficult thing.

墨すって、
座って、
書いて、
数時間

こんな、大変なものを5048巻です。

Please image,

Making ink,
Sitting down in SEIZA way for long time,
writing by a calligraphy brush,

This is a terrible thing to finish 5048 volumes.

実際に、当時
何セット作られたのか、今となっては、分かりません。

ただ、

奈良時代のもので、
現在まで伝来しているものが10セット(不完全なものもあります)あります。

また、記録に残されているもので
14セット
あります。

ということは、
少なくとも24セットは存在したということで、

※記録されているものと
現存しているものとの重複もあるかもしれませんが、、、

24セット*5048巻=約12万巻

の写経が少なくともなされていたということです。

Indeed, at that time
I’m not sure how many sets of sutras were made.

However,

There are 10 sets (there are also imperfect ones) that have been remained from Nara era to the present.

Also,
14 sets are  recorded in some books.

That means,
At least 24 sets existed,

24 sets * 5048 volume = approximately 120,000 volume

 

いかがでしたでしょうか?

How was it?

博物館で写経作品をご覧になる時、ぜひご参考になさってくださいね。

Please enjoy calligraphy sutra copies in Japanese museums.

 

☆☆☆

参考文献
下中邦彦編集『書道全集』9(平凡社1965)
名児耶明監修『決定版日本書道史』(芸術新聞社2009)
小松茂美編『日本書道辞典』(二玄社1987)
奈良国立博物館『第60回「正倉院展」』(仏教美術協会2008)
大島正二『漢字伝来』(岩波新書 赤 2006.8.18)

図版出典
このページに掲載している図は、
全て筆者による臨書作品です。
ぜひ、博物館・美術館にお出かけになって、
本物をご覧になってください。

The images on this page are written by me.
I wish this blog become a trigger of your going museums and seeing the real works.

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